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企業を変革するリーダーになるためには - 「項羽と劉邦」にみる天下を制する者のリーダーシップとは【リーダー】【歴史】

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中国の歴史書を題材にした小説は日本でも人気があります。一国の政治を自分の手で動かすことができる権力を手に入れるための、男のプライドを賭けた戦いが人を引き付けるのかも知れません。

今回は「項羽と劉邦」を題材に、企業を変革するリーダーシップについて学んでいきましょう。

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「項羽と劉邦」とは

「項羽と劉邦」は、数多くの歴史小説を残した司馬遼太郎の代表作の1つです。

秦の始皇帝が戦国時代の乱世を統一したものの、秦の統一政権はあっという間に瓦解してしまいます。その後の戦乱期に天下統一を争ったのが、貴族出身の項羽と貧しい農民出身の劉邦です。

出自も性格も対照的な2人の争いは、最終的に項羽を「四面楚歌」の状態に追い詰めて破った劉邦の勝利に終わります
圧倒的な武力を誇った項羽は、なぜ農民出身で逃げ回っていた劉邦に敗れてしまったのでしょうか。その答えは、2人のリーダーシップの差にあります。この「項羽と劉邦」は歴史小説としてもとても面白い一冊ですが、リーダーシップを学ぶ上でもとても勉強になる一冊なのです。

「項羽と劉邦」から学ぶリーダーシップの3つのポイント

それでは、項羽と劉邦のリーダーシップの差とはどのようなものだったのでしょうか。
ポイントは次の3点です。

  • 部下に任せる
  • 部下の意見を聞き入れる
  • 目的を貫く

部下に任せる

項羽は戦国時代の一国である楚の名門貴族の出身で、武術に優れた人物でした。一方、劉邦は貧しい農家の生まれで、大人になっても町のチンピラの親分のような存在でした。

どのくらい貧しかったかというと、中国の歴史書『史記』で劉邦の母の名前は「劉家のばあさん(劉媼)」と紹介されるほど、名もない家の出身だったのです。

項羽は自分自身が武術に優れていたので、劉邦との争いの中で部下に任せるということはせず、常に自分が先頭に立って戦い、相手を蹴散らしてきました。自分の武力が一番と信じて部下を信用しなかったため、有能な人材は項羽のもとから去っていきました。

一方、劉邦は町のチンピラの親分だったので、有能な人材がいればその人物に仕事を任せました。その結果、独立して天下争いに参戦していた武将や項羽の下にいた武将も劉邦の下に参加していきました。

部下の意見を聞き入れる

劉邦は部下の意見をよく聞き入れました。部下の武将の言葉を聞き入れて仕事を任せたために有能な人材が良く集まりました。

代表的な存在が韓信です。韓信は当初項羽軍に参加していましたが、自分の意見を聞き入れられず思うような仕事を任せてもらえなかったため、項羽の下を去り劉邦軍に参加しました。

劉邦軍では意見を採用されて、韓信は一軍を任せられました。項羽軍以外の勢力平定を任され、劉邦の天下統一に大きな貢献をしました。
項羽は、常に自分が一番優れていると思っていた人間でしたので、身内以外からの意見は聞き入れませんでした。

もともと武力的に優れていた項羽軍が劉邦軍に敗れてしまったのは、自分に任せられないことで項羽を見限った武将が劉邦側に寝返ったためでした。

目的を貫く

当時の戦争で、優れた武将の要件の一つに民衆に食糧を食わせられることがあります。

劉邦は秦を滅亡させた後、秦の中心地で豊かな穀倉地帯であった関中を押さえました。一方、項羽は出身地である楚の地にこだわり、重要な食糧調達を軽視してしまいました。

何度戦っても劉邦は項羽に勝てずに逃げ回るということばかりでしたが、自分を信じてついてくる部下や民衆たちへの食糧供給は欠かしませんでした。何度劉邦に勝っても十分な食糧を得られない項羽軍は、最終的に民衆からの支持も得られなくなり、滅亡に至りました。

おわりに

劉邦のリーダーとしての器を表す言葉として「将に将たる」という言葉が出てきます。各部隊を率いる武将を指揮する大将としての器があるということです。

リーダーとしての器量というものについて学びたいという方は、ぜひこの「項羽と劉邦」を読んで、優れたリーダーの器というものに触れてみてはいかがでしょうか。

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